大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和56年(あ)518号 決定

本籍・住居

京都府福知山市字記七三番地

医師

塩見良明

大正四年一月一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五六年三月三日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人丸尾芳郎の上告趣意は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 木下忠良 裁判官 栗本一夫 裁判官  野宜慶 裁判官 宮崎梧一)

○ 昭和五六年(あ)第五一八号

上告趣意書

被告人 塩見良明

右の者に対する所得税法違反被告事件の上告趣意は次のとおりである。

昭和五六年五月一一日

右弁護人 丸尾芳郎

最高裁判所

第二小法廷 御中

原判決は量刑不当であり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する。

次にその理由を述べる。

一、被告人は本件犯行を卒直に認め本件事件も歴然たる証拠の存する事案で調査も容易であり、行為者である米田晃らもその調査につき、早期解決を図るため終始協力し、その調査期間もわずか四ケ月程でその計算関係も全面的に国税局を信頼して任せ、局側よりの内示の所得金額について調査後直ちに所轄署へ修正申告をして改悛の情を示しております。

二、ところで、本件は一個人病院又は医院につき二名の責任者が起訴されました。

通常此の種の事件においては、その責任者(行為)一人が起訴され、懲役刑と罰金刑が併科されるか、罰金刑のみに留るかであります。

法人ならば、当該法人(従って代表者)と行為者とであり、法人には罰金、行為者には懲役刑又は罰金となって居ります。

然るに本件では二人が行為者として起訴された次第でありますが、これは例外的な特別事件(脱税額の高額、手段の悪質)のためではありません。

ただ、被告人の本件逋脱に対する認識が薄いため、公判維持が困難と思われ実質の行為者である米田晃を加えたものに過ぎません。

本件は動機において所得を余分に隠匿貯蓄しようとしたものでなく、病院の借金を返済しようとしたものであり、その犯行も計画的とは云えず、所謂申告に際して思い付くままのつまみ申告であり、架空名義預金もなく、前記のとおり犯行を裏付ける資料をそっくりそのまま存置した極めて幼稚な手口と云わなければなりません。

従って、他の此の種事犯に比して決して悪質と云う事は出来ない。

又逋脱額は三期を通じ、一億二、二〇〇万円余となっているが、第一審で提出している「脱税事件における法人以外の個人に対する罰金刑についての判決例」によっても

貴島病院こと貴島秀彦は(罰金刑)

一億六、〇〇〇万円余(昭和三八年乃至四〇年度)

協同ベニヤ株式会社は(行為者は罰金刑)

一億二、九〇〇万円余(昭和四一年乃至四三年度)

大倉建設株式会社は(行為者は罰金刑)

一億四、七〇〇万円余(昭和四二年乃至四三年度)

となっており、被告人は昭和五〇年乃至五二年度の違反であり、前記事例より一〇年前後の年月を経て居るので物価の上昇程度を考慮すれば本件が特に高額違反とも云う事は出来ない。

以上のとおりであるから、特異事件とも見られない本件において、使用者たるべき被告人と行為者である米田晃の二名共に懲役刑で、しかも被告人に罰金刑が併科されているのは如何にも量刑苛酷に過ぎるものと云わざるを得ない。

一個の事件で二人を処断するのであるから、両罰規定の趣旨から推断しても被告人は使用者的と見て罰金、米田を行為者として懲役(法人事件なれば、法人に対し罰金、行為者に懲役刑)に処するのが順当ではないであろうか。

尤も本件では被告人も逋脱につき、一部認識ありとして共謀による行為者と目されているのであるが、本件では被告人がこれを発意したり、又これを指示したものではない。

塩見病院については、被告人の父時代より現金収入よりいくらか除外していたことを聞いていたとの認識があった程度であり、同病院の経理を担当していた塩見逸子の供述によっても、被告人は現金除外等を知っていた筈だと云うに留まり、具体的にこれら除外を話合ったり指示されたこともなく、ただ、保険機関からの毎年の報酬をポケットマネーとしていたので申告から外していたと云うものである。

又、温泉病院の方は米田に任せきりで(当病院には月一回乃至三回程来て診療に専念しているので)米田より「申告の方は適当にやっておきます」と云われ、当病院は相当借金も多かったので多少、申告を少なくしていたことと思っていたと云う程度である。

少なくとも、九〇%以上は米田に任せきりで、申告にあたってもこれらの数字も見る事なく申告書への捺印も米田に任せていたものであった。

米田晃は第一審公判において、裁判官より知情の点を追及尋問され、これらに対し、

「通じてない点は多々あると思います」

「判子は私が預って税務署に行くような状態です。」

「反論して悪いですけど、院長というのは任かせればもうするべく(?すべてか)と関与しない、という性格をお持ちでして、私自身も任せられたら人によっては一から一〇まで報告する方もありますけれども、私は任せられたらこれでやって行くという自信でやっていけば報告しないという性格を持っていますから、こういう結果になったと思います」

旨供述しているが、裁判官より更に

「そうすると査察官や警察(?検察庁ではないか)で述べたのは、うそを述べているということになるんですか」との追及に対し、これを肯定も否定もせず

「塩見医院については何も知らないと述べていますけども」

と逃げたような供述をしている。

勿論、被告人の面前で答え難いと云う一面はあると考えられるが、被告人第一審公判の冒頭において公訴事実につき概括的に認めているのであるから、査察官や検察官に述べている具体的事実につき公判で云い憚るとしても少なくとも査察官や検察官に述べた点は相違ないと答えるべきであろう。

然るに、裁判官の問に対し曖昧に言葉を濁したのはこれらの具体的供述が真実にそぐわないものであったからに外ならない。

弁護人が当時これらの状況を同証人に追及した形跡はない。

弁護人も当時は裁判官の考える如く査察官や検察官に対する供述内容のとおりと思っていた。

それは被告人より経理を任された者としてその結論を報告するのは当然と考えていたからである。

然るに第二審となり被告人より自分は殆んど経理内容は聞いて居らず、これだけ多額の脱税など全く考えておらなかったと訴えられた。

米田の査察官や検察官に対する供述によれば、「申告にあたり所得の内容や除外すべき金額を被告人に報告していた」と云うのであるから、これが正しい限り被告人がこれらを知らない筈がない訳であるから。

弁護人より激しくこの点を追及された処、被告人より「米田や事務長らには今度やめてもらった。米田らは経理を任している間に相当の使込みをしており、事務長もこれを知っていた。査察官よりも同人を告訴しないかと云われた」「第一審の時にはそのようなことは伏しておこうと思い、先生(弁護人)に対しても云わなかった」「米田が査察官や検察官に云っている具体的事実(前記申告に当たり所得金額や除外金額の概要を被告人に報告していたとの供述記載)は間違いで、査察官や検察官から院長が知らん筈はない。こうだろうああだろうと云われ、これを否定すれば自分の使い込み状況が公にされる慮があったので査察官や検察官の云いなりにならざるを得なかったものであった」

旨の報告を受けた。

そこで、当弁護人は第二審において、これらの状況を明らかにすべく米田の使い込み状況を知っている温泉病院経理を手伝っていた川越浩子並びに米田晃本人を証人として申請したが、同裁判所はこれを採用しなかった。

何故、裁判所はこれらの証人を採用して真相を正そうとしなかったのであろうか、採証の誤りと云わねばならない。

当弁護人として止むを得ず被告人本人尋問において、これらを語らしめたが、裏付けもない処より第二審では全く措信されなかった。

然し、真に被告人が米田より本件脱税の大要の報告を受けていたものなら、これ礎石にも名を刻まれた共同経営者の一人米田らを何故やめさす必要があるであろうか、使い込みの事実に基づき嘘の供述をしていた為に外ならない。

従って今にして思えば、米田は査察官や検察官に迎合して供述した具体的事実(前述)も真実ではなかったため裁判官の追及にも拘らず曖昧な供述となり、一面において共同経営者としての自負心より病院を軌道に乗せたいとの熱心と、他面において、被告人の無関心に馴れた心の弛みからの使い込み等が一体となり、全く独断的に確定申告をしたものと思料される。

従って、被告人は行為者の一人として訴追はされているが、その実質において両罰規程における使用者(無過失責任)的存在と見られてもよいのではないであろうか。

三、納税及び本件事犯以後の確定申告状況

1 本税について前記の如く査察調査終了後直ちに告発前に修正申告をなし、その他地方税、重加算税等も完納した。

2 本件以後の昭和五三年

一一七、二〇六、五〇〇円

(源泉徴収分一一、三二七、六九七円)

昭和五四年

五〇、七〇九、二五〇円

(源泉徴収分一〇、六五四、三七四円)

も完納した。

これら金額が事件当時よりやや下廻っているのは、事件直後中橋医師が退職し、又昭和五四年度は歯科医が退職し、それらに見合う収入が減少した事と、一般傾向として医療収入の減少が見られた為であった。

四、将来の対策

本件発生後、直ちに元国税局大蔵事務官で福知山市内において税理士をしている細見敏夫に同病院、医院の経理を任せ、月一回来院を得て、すべての資料を提供し、その処理を全面的に任しており、その過誤なきを期している。

五、本件湯村病院は当初医療法人とすべく努力したが、過疎地帯であった等の理由のため、規定の人容が確保出来なかったものであった。

若し医療法人となっておれば、税金も個人病院より半額近くになるので、借金返済とにらみ合わせると過少申告の必要もなく、あったとしても僅少なものであったと考えられたと云う事情も御斟酌願い度い。

六、被告人は性豪放で細事にこだわらず、正義感に富み義侠心が強く、友人仲間で危倶された過疎地帯への医療進出を敢てして今日に至り、今や湯村町住民より必須機関として喜ばれている。

又、同人は金銭的には淡白であり、福知用市厚生会館建設費を寄附した事により紺綬褒章を賜り、温泉町商工会館建設に際してもその費用を寄附した事により表彰され、日本赤十字社に多額の社費を納入したことにより特別社員の称号を与えられ、又、長年学校医として奉仕した事により表彰を受け、福知山地域における奉仕団体である福知山ライオンズクラブに所属して、その奉仕活動に貢献したことにより感謝状を受ける等数々の善行を重ねている。

七、被告人は昭和五四年査察調査に入られて以来、今日迄精神的苦痛を受けたのみならず、査察着手当時、起訴当時、一審判決当時の三回にわたり新聞紙上に掲載された事により、社会的制裁は十二分に受けている。

被告人らの如く、社会的地位(殊に田舎において)のあるものにとって、新聞紙上に掲載されるという制裁程痛烈なものはない。

文字どおり骨身にこたえております。

刑事処分は右制裁とは別個のものである事は十分承知して居ります。

被告人が脱税の責任を負わなければならない事には相違ありませんが、法にも情がある筈であり、これ以上被告人を痛みつける必要もないのではないでしょうか。

名誉を重んずる被告人としては、破廉恥的色彩のある懲役刑は何としても忍び難い処であります。

何卒罰金刑を御選択願い度い。

金銭的苦痛も同じく刑罰です。多少の高額は覚悟して居ります。

如何に無理算段しようとも、これらの金銭的苦痛は甘受いたす所存です。

何卒、以上諸般の事情を御賢察下され御同情ある判決を賜り度く、本件上告に及んだ次第であります。

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